【 LECTURE SUMMARY 】
講演会要旨

2023/08/10

2023年5月10日開催

「HACCP制度化の本格施行後の課題」
で好評を博す

2023年5月10日、NPO法人食品保健科学情報交流協議会　運営委員　立石　亘　先生をお招きし、
「HACCP制度化の本格施行後の課題」という演題で総会後講演会が開催されました。

2023年5月10日、NPO法人食品保健科学情報交流協議会　運営委員　立石　亘　先生をお招きし、
「HACCP制度化の本格施行後の課題」という演題で総会後講演会が開催されました。

演題

「HACCP制度化の本格施行後の課題」

講演内容

【Ⅰ】HACCPの制度化の経緯
【Ⅱ】HACCPの留意点
　　　[１]設定に際して
　　　[２]食品の安全確保の全体管理
　　　[３]ハザード分析は温故知新
　　　[４]制度化に関するＱ＆Ａ
【Ⅲ】衛生管理
　　　[１]対象事業者
　　　[２]衛生管理方法
　　　[３]コーデックス委員会のHACCPガイドライン
　　　[４]食品安全ピラミッド
【Ⅳ】国際動向
　　　[１]米国の対策
　　　[２] EUにみられる課題
【Ⅴ】HACCPを継続するときの留意点
　　　[１] HACCPの再評価、ハザード分析の見直し
　　　[２]記録の作成と保管
　　　[３] HACCPで大事な事
　　　[４]徹底した手洗いの重要性
【Ⅵ】HACCPの本質

• 【Ⅰ】HACCPの制度化の経緯

  　　　　 HACCPは世界共通の尺度です。先行したEUでは2004年に義務化の公布、2006年に
  　　　　 施行となり、その10年後にはそれまでを振り返った報告書が纏められています。
  　　　　 日本では2016年頃から義務化の動きが報じられるようになり、2021年6月１日から
  　　　　 制度化されています。
  

• 【Ⅱ】HACCPの留意点

  　　　　 [１]設定に際して
  　　　　 　 ①ハザード分析の注意点
  　　　　 　　　　　HACCPはハザード分析の段階で見落とした、あるいは忘れていたハザードにつ
  　　　　 　　　　　いては対処できません。製品や工程への理解が不足しているとハザードは見過ご
  　　　　 　　　　　される可能性があります。一方、逆に列挙したハザードが過剰になると煩雑にな
  　　　　 　　　　　る場合があります。したがって「重要なハザード」を絞り込み、「重みづけ」を
  　　　　 　　　　　することが重要です。そのためには現場との連携、現場の実践的な観察力が必須で
  　　　　 　　　　　す。また微生物に対する議論だけでなく、化学的・物理的ハザード（特に前者）に
  　　　　 　　　　　対しても十分留意すべきです。特に最近は食物アレルゲンは重大なハザードであ
  　　　　 　　　　　り、見落とさないように注意が必要です。
  　　　　 　 ②無防備
  　　　　 　　　　　HACCPは新興あるいは未知の病原菌、バイオテロ、利益目的の食品偽装、等のよ
  　　　　 　　　　　うに予測不能なもの、あるいは予測していないものに対して無防備です。こうし
  　　　　 　　　　　たリスクに対しては、HACCP以外の別の仕組みで対応できるように備えておく
  　　　　 　　　　　べきです。
  
  　　　　 [２]食品の安全確保の全体管理
  　　　　 　 食品製造事業者は自社単独でしっかりした管理をしているだけでは不十分で、川上の原
  　　　　 　 料供給業者から川下の食品販売業者にいたるフードチェーン、フードサプライチェーン
  　　　　 　 全体をHACCPで繋いで管理することが必要です。
  
  　
  　　　　 　　　　 　　　　 　　　　 　　　　　　 　　図１　食品の安全確保の全体管理図
  
  　　　　 [３]ハザード分析は温故知新
  　　　　 　 ハザード分析を進めるに際しては過去の事例から学ぶことが非常に重要です。刻み海苔
  　　　　 　 でのノロウイルス食中毒（2017年）、食パンでの食中毒（2014年、2002年）、イカ乾燥
  　　　　 　 菓子によるサルモネラ食中毒（1999年）、等々、乾燥食品での食中毒が発生したように、
  　　　　 　 ハザードを想定していないことで発生した食中毒は枚挙にいとまがありません。過去の
  　　　　 　 食中毒事例とその対策などを参考に学習（ハザード分析へのインプット）を行うことで、
  　　　　 　 リスクを回避でき、より実践的なHACCPを策定できます。
  
  　　　　 [４]制度化に関するＱ＆Ａ
  　　　　 　 先生が日常の活動を通してお感じになった、あるいは質問を受けられた内容をいくつか
  　　　　 　 ご紹介されました。
  　　　　 　　　　　Ｑ１：HACCPの手引書は拘束力を持ち始めているようだがその通りにできていれば
  　　　　 　　　　　　　　HACCPを実践していることになるのか？
  　　　　 　　　　　Ａ１：HACCPは「自主管理」が基本なので自己責任を忘れないこと。手引書はあくま
  　　　　 　　　　　　　　で参考資料としての位置付け。
  　　　　 　　　　　Ｑ２：どこまでやればHACCPを実践したことになるのか？
  　　　　 　　　　　Ａ２：正解はなく事業者自身が製品の安全性をきちんと説明できなければならない。
  　　　　 　　　　　Ｑ３：他に重要なことは？
  　　　　 　　　　　Ａ３：「HACCPの種類を整備できたからおしまい」ではなく、継続して改善し続ける
  　　　　 　　　　　　　　ことが肝要。
  　　　　 　　　　　Ｑ４：HACCPはNASAが宇宙食を開発するにあたって策定した極めて高度な制度だ
  　　　　 　　　　　　　　が、我々もその厳しい宇宙食基準に準拠する必要があるのか？
  　　　　 　　　　　Ａ４：そのようなことはない。目的に合った仕組みや基準を策定すればよい。
  

• 【Ⅲ】衛生管理

  　　　　 [１]対象事業者
  　　　　 　 HACCPが制度化されたことにより、すべての食品等事業者はHACCPに沿った衛生管
  　　　　 　 理の実施が必要です。ただその取り組み方法は対象事業者によって異なります。
  　　　　 　　　　　①大規模事業者、と殺場関連事業者、食鳥関連事業者
  　　　　 　　　　　　　　　⇒食品衛生上の危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するた
  　　　　 　　　　　　　　　　めの取り組み（HACCPに基づく衛生管理）
  　　　　 　　　　　②小規模な営業者
  　　　　 　　　　　　　　　⇒取り扱う食品の特性等に応じた取り組み（HACCPの考え方を取り入れた
  　　　　 　　　　　　　　　　衛生管理）
  
  　　　　 [２]衛生管理方法
  　　　　 　 衛生管理レベルは低下させてはいけませんが、その方法はある程度の柔軟性は認められ
  　　　　 　 ます。HACCP制度化で食品事業者が実施すべきことは以下の通りです。
  　　　　 　　　　　①「一般的な衛生管理」および「HACCPに沿った衛生管理」に関する基準に基づき
  　　　　 　　　　　　「衛生管理計画」を作成し、従業員に周知徹底を図る。
  　　　　 　　　　　②必要に応じて、清掃・洗浄・消毒や食品の取り扱い等について具体的な方法を定
  　　　　 　　　　　　めた手順書を作成する。
  　　　　 　　　　　③衛生管理の実施状況を記録し、保存する。
  　　　　 　　　　　④衛生管理計画および手順書の効果を定期的に（および工程に変化が生じた際等に）
  　　　　 　　　　　　検証し（振り返り）、必要に応じて内容を見直す。
  
  　　　　 [３]コーデックス委員会のHACCPガイドライン
  　　　　 　 基本的には以下の手順１～５と７原則に基づいて衛生管理を実施します。
  　　　　 　 『手順』
  　　　　 　　　　　手順１：HACCPチームの編成
  　　　　 　　　　　手順２：製品の説明（原料やレシピの明確化）
  　　　　 　　　　　手順３：意図する用途の明確化
  　　　　 　　　　　手順４：フローダイアグラムの作成
  　　　　 　　　　　手順５：フローダイアグラムの現場確認
  　　　　 　 「原則」
  　　　　 　　　　　原則１：危害要因分析（手順6）
  　　　　 　　　　　原則２：妥当性確認されたCCPの決定（手順7）
  　　　　 　　　　　原則３：管理基準の設定（手順8）
  　　　　 　　　　　原則４：モニタリング方法の設定（手順9）
  　　　　 　　　　　原則５：改善措置の決定（手順10）
  　　　　 　　　　　原則６：検証方法の設定（手順11）
  　　　　 　　　　　原則７：記録と保存方法の設定（手順12）
  
  　　　　 　 コーデックス委員会のガイドライン（食品衛生の一般原則）は2020年に改訂されまし
  　　　　 　 た。主な点は以下の通りです。
  　　　　 　　　　　①全体を２部構成に刷新（第１部：GHP、第２部：HACCP）
  　　　　 　　　　　②経営者のコミットメントの強化、経営層の食品安全に対する責任の強化
  　　　　 　　　　　③食品安全文化（Food Safety Culture）の概念の採用
  　　　　 　　　　　④定義の一部改訂と新用語の追加
  　　　　 　　　　　⑤アレルゲンマネジメント（アレルゲン管理）の強化
  　　　　 　　　　　⑥「より注意を要するGHP」という概念の導入
  　　　　 　　　　　⑦柔軟なアプローチの強調
  　　　　 　　　　　⑧妥当性確認の位置づけの明確化
  
  　　　　 　 実際の管理に際しては７原則すべてを適用しなければなりませんが、ハザード分析は必
  　　　　 　 須ではあるものの運用に関しては「柔軟性」や「弾力性」が重要とされています。
  　　　　 　 その具体例をいくつか説明されました。
  　　　　 　　　　　手順１：HACCPの専門チームが得られない場合、社外の専門家や行政、文献や業界
  　　　　 　　　　　　　　　団体の作成したガイドライン等からの助言を受ける。
  　　　　 　　　　　手順２：多数の製品を扱う業態では類似の特性や工程によって製品をグループ化す
  　　　　 　　　　　　　　　る。
  　　　　 　　　　　手順３：類似の工程によって製造される製品には同じフローダイアグラムを使用で
  　　　　 　　　　　　　　　きる。
  　　　　 　 この「柔軟性」の推奨に関してはEUでも提唱されています。ただし衛生管理が低くな
  　　　　 　 ることは容認していません。
  　　　　 　 行政や業界団体の手引書は「ハザード分析が自分でできない事業者のために、行政や業
  　　　　 　 界団体がハザード分析を代行した」とみなされています。ただ手引書に準拠する場合は
  　　　　 　 その手引書でどのようなハザード分析がされているのかを理解することが重要です。
  
  　　　　 [４]食品安全ピラミッド
  　　　　 　 HACCPは単体では機能しません。食品安全ピラミッドによる実施が重要で、その土台
  　　　　 　 となる一般衛生管理に加えて経営者のコミットメントが最も上位に位置付けられます。
  　　　　 　 HACCPは施設規模、業種・業態に関係なく導入が可能です。
  
  　
  　　　　 　　　　 　　　　 　　　　 　　　　　　 　　　図２　食品安全ピラミッド
  
  　　　　 [５]食品事故
  　　　　 　 HACCPにおける「CCP」管理は重要で、実施していれば大きな事故は防ぐことが出来
  　　　　 　 ますが、日本でこれまでに発生した食中毒について原因を分析した結果、「CCP」管理の
  　　　　 　 失敗による食品事故は実際には少なく、ほとんどが一般衛生管理の不備が原因です。
  　　　　 　 その具体例として501人という多数の患者数となったサルモネラ食中毒（1997年）
  　　　　 　 の推察される原因は、給食センターで「ピーナッツ和え」の調味液を混和するために使
  　　　　 　 用されたミキサーの使用後の洗浄・消毒が不完全であったことを紹介されました。
  　　　　 　 基本的な対策は①つけない、②増やさない、③やっつける、の食中毒予防３原則に集約
  　　　　 　 されます。
  　　　　 　 なお、この事例は洗浄不足によるアレルゲン残留に置き換えて読み解くこともできます。
  

• 【Ⅳ】国際動向

  　　　　 [１]米国の対策
  　　　　 　 米国では2011年にFSMA（米国食品安全強化法）が制定され、「食品安全計画」（Food
  　　　　 　 Safety Plan）を文書化し、プロセス予防コントロールでの管理が求められます。
  　　　　 　 基本の「ハザード分析」に基づき「CCP」で管理されるプロセス予防コントロールこと
  　　　　 　 に加えて、「手洗い」や「洗浄」のような一般衛生管理で対処してきたことでも「ハザ
  　　　　 　 ード分析」の結果、「重大なハザード」と判断した場合は最初から明確にプログラムの
  　　　　 　 中に取り入れて「CCP」と同じくらいの厳しさに格上げして管理するよう求められます。
  　　　　 　 そして「サプライチェーン」、「食物アレルゲン」、「サニテーション」、各々の「予防コ
  　　　　 　 ントロールプログラム」を策定しトータルで管理することが求められます。
  　　　　 　 この「プロセス予防コントロール」はまったく新しい考え方ではなく、現在運用されて
  　　　　 　 いるHACCPをベースに組み立てることが可能です。大事なのは「自分のHACCP計画
  　　　　 　 の正しさを自分が理解していること」で、それによって自主管理を徹底できます。
  
  　
  　　　　 　　　　 　　　　 　　　　 　　　 図３　FSMA（米国食品安全強化法）での食品安全システム
  
  　　　　 [２] EUにみられる課題
  　　　　 　 日本よりも先行してHACCPを義務化したEUでは、2015年にHACCP義務化から現
  　　　　 　 状までを振り返り、課題や問題点を整理するレポートを公表しました。そこでは
  　　　　 　 「HACCPシステムやその考え方には何ら問題はない」とする一方で、行政や事業者が
  　　　　 　 運用する場合に主に以下の７つの鍵となる問題点が抽出されました。
  　　　　 　　　　　問題点①：法的な規制とガイドライン
  　　　　 　　　　　問題点②：前提条件プログラム（一般衛生管理）とHACCPの役割の理解
  　　　　 　　　　　問題点③：HACCP原則の実施（特に「ハザード分析」、「CCPの設定」、「検証」の
  　　　　 　　　　　　　　　　理解）
  　　　　 　　　　　問題点④：柔軟性
  　　　　 　　　　　問題点⑤：規制機関による監視（ハザード分析の問題を指摘できない、監視員の力
  　　　　 　　　　　　　　　　量のばらつき、等）
  　　　　 　　　　　問題点⑥：教育と訓練（監視員、事業者の双方で課題）
  　　　　 　　　　　問題点⑦：管理上の重荷
  
  　　　　 　 多くの混乱は国際的に通用するHACCP原則に対する誤解や理解不足に起因しており、
  　　　　 　 正しく理解されていないから正しく運用されていないとの指摘があります。
  　　　　 　 たとえば「CCP」（Critical Control Point）は重要管理点と訳される場合がありますが、
  　　　　 　 たくさんある重要管理点の中から「Critical」な管理点を探すことが本来の定義で正確
  　　　　 　 に理解することが重要です。
  　　　　 　 一方、調理における「加熱」＝「CCP」という思い込みがありますが、米国では品質管
  　　　　 　 理によるハザードコントロールが可能な場合は「CCP」にしなくてもよいとされていま
  　　　　 　 す。
  　　　　 　 また「CCP」が１個以上なければならないという思い込みがありますが、ハザード分析
  　　　　 　 の結果、「GHPだけで食品安全管理ができる」場合は「CCP」は不要です。
  　　　　 　 さらに個々の製品毎にHACCP計画をつくらなければならないという誤解はハザード
  　　　　 　 や工程が似ていれば「グループ化」するという柔軟性が大事です。
  　　　　 　 「CCP」をモニターするとき、コーデックスには測定可能または「観察可能」と記載さ
  　　　　 　 れているので目視でも問題ありません。モニタリング方法についても連続的であるべき
  　　　　 　 と謳われており、できない場合は個々の現場で可能な方法を検討することが大事です。
  　　　　 　 したがって「一般衛生管理とHACCPの関係」、「ハザード分析」、「CCP」、「検証」に関
  　　　　 　 する十分な理解とトレーニングが非常に重要です。
  

• 【Ⅴ】HACCPを継続するときの留意点

  　　　　 [１]HACCPの再評価、ハザード分析の見直し
  　　　　 　 HACCPは継続的に改善し続けることが大事です。その時期は
  　　　　 　　　　　①最低１年に１回
  　　　　 　　　　　②重大な変更があった場合
  　　　　 　　　　　　　この重大な変更とは以下のような事項です。
  　　　　 　　　　　　　　①原料や原料仕入れ先の変更
  　　　　 　　　　　　　　②組成やプロセスの変更
  　　　　 　　　　　　　　③安全性に関係のある、消費者からの苦情
  　　　　 　　　　　　　　④他の会社の同様な製品の事故
  　　　　 　　　　　　　　⑤重要な従業員の交替
  　　　　 　　　　　　　　⑥流通の変更
  
  　　　　 　 変更した場合に食品安全に影響を及ぼさないか必ず見直し、ハザード分析の結果に影響
  　　　　 　 しないか確認すべきです。
  
  　　　　 [２]記録の作成と保管
  　　　　 　 記録の作成は手間と時間がかかるので、既存の作業にあわせる工夫をするなど、できるだ
  　　　　 　 けシンプルな記録システムにすべきです。
  　　　　 　 では記録は何故必要でしょうか？
  　　　　 　 理由の一つは、記録がなければ振り返りができない、すなわち改善ができないからです。
  　　　　 　 記録がなければ「HACCPをやっていない」とみなされても仕方がありません。
  
  　　　　 [３]HACCPで大事な事
  　　　　 　 日本食品衛生協会の荒木恵美子氏はHACCPに沿った衛生管理のゴールとポイントをつ
  　　　　 　 ぎのようにまとめておられます。
  　　　　 　　　　　①重要なハザードが管理されていること
  　　　　 　　　　　②逸脱（失敗）を見逃さないこと
  　　　　 　　　　　③記録に不正がないこと
  
  　　　　 　 さらに日本HACCPトレーニングセンターの田中信正氏はHACCPで大事なこととして
  　　　　 　 つぎの点を強調されておられます。
  　　　　 　　　　　①accountability　　任務遂行責任（やるといったことはやる）
  　　　　 　　　　　②integrity　　　　 正直で誠実性で表裏がない
  　　　　 　　　　　③transparency　　 フードチェーンを通した透明性
  
  　　　　 [４]徹底した手洗いの重要性
  　　　　 　 衛生管理の基本中の基本は手洗いの励行です。１００人中１でも怠れば１００―１＝
  　　　　 　 ９９ではなく１００―１＝０になり得ます。徹底すべきです。
  

• 【Ⅵ】HACCPの本質

  　　　　 最後の締めくくりとしてつぎの点を強調されました。
  　　　　 　 ①自主管理が基本で自分が決めたことは必ずやり遂げること
  　　　　 　 ②従業員数や事業規模に関係なく実施できること
  　　　　 　 ③衛生管理はリスクに応じて決めるべきこと
  　　　　 　 ④記録を作成、保管すること
  　　　　 　 ⑤継続的に改善し続けること
  
  今回は「HACCP」という食品衛生業界にとりまして極めて重要な課題を取り上げていただき、非常に多くの会員が聴講しました。立石先生は食品関連の新聞社に在籍されておられるだけでなく、「HACCP」に関する国際資格を取得されておられます。したがって日頃から食品衛生関連の取材活動を精力的に進めておられますので、常に現場の新鮮な情報を吸収されるとともに国内外の行政機関の中長期的な動向の把握にも努めておられます。今回のご講演で、あらためてHACCPは何のために、またどのように実施するかを聴講者１人１人が考えることをご教示いただいた大変実践的で有意義なご講演でした。
  
  【引用文献】
  
  立石　亘　先生：日本食品洗浄剤衛生協会の総会後講演会資料（2023年5月10日）
  　　　　　　　　「HACCP制度化の本格施行後の課題」