【 LECTURE SUMMARY 】
講演会要旨

2023/03/06

2022年12月13日開催

「新興感染症の危機管理」～ 新型コロナから学んだこと ～
で好評を博す

2022年12月13日、防衛医科大学校　防衛医学研究センター　広域感染症疫学・制御研究部門教授　加來　浩器　先生をお招きし、
「新興感染症の危機管理」～新型コロナから学んだこと～という演題で年末講演会が開催されました。

2022年12月13日、防衛医科大学校　防衛医学研究センター　広域感染症疫学・制御研究部門
教授　加來　浩器　先生をお招きし、「新興感染症の危機管理」～新型コロナから学んだこと～
という演題で年末講演会が開催されました。

演題

「新興感染症の危機管理」～ 新型コロナから学んだこと ～

講演内容

【Ⅰ】新興感染症
　　　[１]定義
　　　[２]特徴
【Ⅱ】新型コロナウイルス感染症
　　　[１]感染経緯
　　　[２]発現状況と臨床経過
　　　[３]検査法
　　　[４]後遺症
　　　[５]インフルエンザとの同時流行の可能性
【Ⅲ】危機管理
　　　[１]感染症危機事態への備え
　　　[２] WHOの感染症危機管理の考え方と活動
　　　[３]リスクアセスメント
【Ⅳ】疫学による危機管理
【Ⅴ】新型コロナウイルス感染症対策分野の新たな試み
　　　[１]診断技術
　　　[２]ワクチンの開発
　　　[３]次世代の感染予防策
【Ⅵ】リスクの見える化
　　　[１]それでも教育が一番
　　　[２]事例検証
【Ⅶ】欠かせない新型コロナウイルス対策

• 【Ⅰ】新興感染症

  　　　　 [１]定義
  　　　　 　 1996年、WHOが新興感染症を次のように定義しました。
  　　　　 　　　　　・新興感染症：かつて知られていなかった、この20年間に新しく認識された感染症
  　　　　 　　　　　　 で、局地的あるいは国際的に公衆衛生上、問題となる感染症
  　　　　 　 この定義に従いますと1970年代後半以降、20以上の感染症が認定されており、SARS
  　　　　 　 （2003年）やMERS（2012年）も含まれます。もちろん新型コロナウイルス感染症も
  　　　　 　 含まれます。
  
  　　　　 [２]特徴
  　　　　 　 発生当初の特徴を4つのNO（ない）で示されました。
  　　　　 　　　　　①臨床像がわからない
  　　　　 　　　　　　　 当初は重症患者として認知され、類似疾患が検査で除外されて初めてその存在が
  　　　　 　　　　　　　 疑われます。疫学情報が唯一の手掛かりとなることがあります。
  　　　　 　　　　　②市中病院では病原体診断ができない
  　　　　 　　　　　　　 行政検査であるため、限られた施設でのみ実施されます。また新規検査が開発さ
  　　　　 　　　　　　　 れても、その感度（偽陰性）や特異度（偽陽性）の判定に問題があります。
  　　　　 　　　　　③感染源・感染経路がわからない
  　　　　 　　　　　　　 しばしば医療従事者や入院患者で集団発生することがあります。その後患者の移
  　　　　 　　　　　　　 動や媒介動物（ネズミ、蚊、ダニなど）によって感染が拡大することがあります。
  　　　　 　　　　　④有効な治療法・ワクチンがない（または限られている）
  　　　　 　　　　　　　 in vitro, in vivo での実験的成果をもとに、いわゆる見切り発車で実施されるこ
  　　　　 　　　　　　　 とがあります。したがって、十分な量が無く、すぐに入手できないことや、また
  　　　　 　　　　　　　 入手できても有害事象の発現や、再発、再燃に注意する必要があります。
  
  　　　　 　 続いて感染する場合の最も懸念される特徴を説明されました。
  　　　　 　　　　　①インフルエンザのように飛沫・接触により感染伝播する
  　　　　 　　　　　②ノロウイルスのようにヒトへの感染力が強い
  　　　　 　　　　　③MERS,エボラウイルス病のように病原性が高い
  　　　　 　　　　　④動物由来の感染症である
  　　　　 　 さらにスーパースプレッダーが存在すれば一挙に感染拡大します。また潜伏期間中で
  　　　　 　 もヒトへの感染があります。
  

• 【Ⅱ】新型コロナウイルス感染症

  　　　　 [１]感染経緯
  　　　　 　 2020年1月12日、中国の武漢市で新型コロナウイルス感染者が最初に確認された後、
  　　　　 　 タイ（1月13日）、日本（1月15日）と矢継ぎ早に確認され、その後またたく間に
  　　　　 　 世界各地へ感染が拡大していきました。さらにコロナウイルス株は武漢株から短期間で
  　　　　 　 欧州株、米国株、アルファ株（英国）、ベータ株（南アフリカ）、ガンマ株（ブラジル）、
  　　　　 　 デルタ株（インド）とその変異株が次々と各地で確認され、2022年にはオミクロン株
  　　　　 　 が主流になっています。しかもそのオミクロン株もいくつもの亜種が確認されています。
  
  　　　　 [２]発現状況と臨床経過
  　　　　 　 感染源は中国のキクガシラコウモリや東南アジアのマレーセンザンコウ（アリクイ類）
  　　　　 　 とされる説があります。しかし両者の生息地域と、初発例が確認された武漢との地理関
  　　　　 　 係から、先生は自然発生とする説には疑問を感じておられます。
  　　　　 　 日本での感染経路としては、ヒトからヒトへの飛沫感染・接触感染が一般的ですが、ペ
  　　　　 　 ットでのウイルス陽性が確認されているので、ペットから逆感染する可能性もあります。
  　　　　 　 その際には大きなウイルス変異が起こる可能性も潜んでいるので要注意です。
  　　　　 　 次に症状の発現状況とＰＣＲ検査、抗原検査、抗体検査との関係を説明されました。
  
  　　　　 　 　
  　　　　 　 症状の発症前 ⇒ 発症 ⇒ 軽快～治癒 ⇒ 一部後遺症あり と続く一連の発現状況にお
  　　　　 　 いて上記各種検査は通常発症後、症状に応じて行いますが、濃厚接触者は発病前に行う
  　　　　 　 場合があります。
  　　　　 　 そして抗体は治癒した後、ほぼ3週間後に陽性となり、免疫が出現します。
  
  　　　　 [３]検査法
  　　　　 　 検査法の信頼度を判断する項目が２つあります。
  　　　　 　　　　　①感度：患者を正しく陽性と判断する能力
  　　　　 　　　　　②特異度：患者でない人を正しく陰性と判断できる能力
  　　　　 　 両方の信頼度の高い検査法が望ましいのですが時間、手間、費用等を勘案し、また発生
  　　　　 　 早期や緊急事態宣言下のような状況の違い、検査対象者数の違い等に応じて適切な検査
  　　　　 　 法、または複数の検査法の組み合わせが必要で、進め方は次のようになります。
  　　　　 　　　　　①スクリーニング検査
  　　　　 　　　　　　　 疑いのある人を拾ってでも真の患者を見逃さないことが大事で感度の高い
  　　　　 　　　　　　　 検査が必要です。
  　　　　 　　　　　②確定検査
  　　　　 　　　　　　　 健常者を確実に除外することが大事で特異度が高い検査が必要です。
  
  　　　　 [４]後遺症
  　　　　 　 感染すると免疫が形成される一方、後遺症には十分注視する必要があります。倦怠感、
  　　　　 　 頭痛、吐気、注意散漫、脱毛、呼吸困難等といった肉体症状、さらには自殺未遂、うつ
  　　　　 　 病、不安障害、摂食障害といった精神症状が増加しているとの報告例を紹介されました。
  
  　　　　 [５]インフルエンザとの同時流行の可能性
  　　　　 　 インフルエンザはこの2年間、流行していないので既存の免疫力が低下しており、一方
  　　　　 　 2022年夏には南半球で流行が見られ、日本でもいくつかの地域でその発生が散見され
  　　　　 　 ていることから新型コロナウイルス感染症との同時流行が懸念されています。
  　　　　 　 以前は両者の間に潜伏期や感染可能期間、臨床像に違いがありましたが、最近はいずれ
  　　　　 　 もよく似てきているため、医療従事者にとってどちらなのか、あるいは両方なのかの判
  　　　　 　 断がつきにくく、対応に苦慮されておられます。
  　　　　 　 そこで私たちには自分で出来る予防策としてマスク着用、手洗い励行、消毒、換気、
  　　　　 　 といった基本的な対策を確実に実行することが求められます。

• 【Ⅲ】危機管理

  　　　　 [１]感染症危機事態への備え
  　　　　 　 次のような備えが必要です
  　　　　 　　　　　①各種マニュアルの作成（新型コロナウイルス対策マニュアル、大規模災害後の
  　　　　 　　　　　　　 　　　　 　　　　　 感染症対策マニュアル、等）
  　　　　 　　　　　②訓練（机上、実働）の実施
  　　　　 　　　　　③必要な備品の調達、管理
  　　　　 　　　　　④PDCAサイクルによる検証
  
  　　　　 [２]WHOの感染症危機管理の考え方と活動
  　　　　 　 WHOでは20世紀までと21世紀で報告対象や活動方法が大きく変わりました。
  　　　　 　　　　　○20世紀まで
  　　　　 　　　　　　　 ・国際保健規則（IHR：International Health Regulation）でペスト、コレラ、
  　　　　 　　　　　　　 　黄熱のみが対象。
  　　　　 　　　　　　　 ・地域事務所ごとに各国から発信される公式情報を基に活動。
  　　　　 　　　　　○21世紀
  　　　　 　　　　　　　 ・世界の政府機関、大学、研究機関と連携し、地球規模の感染症警報・対応ネッ
  　　　　 　　　　　　　 　トワーク（GOARN：Global Outbreak Alert Response Network）を構築。
  　　　　 　　　　　　　 ・公式・非公式を問わず重要情報を収集、確認、評価、対応するイベント・ベー
  　　　　 　　　　　　　 　ス・サーベイランスを導入。
  　　　　 　　　　　　　 ・2005年IHRを改正して、加盟国はすべての公衆衛生の脅威、すなわち国際的
  　　　　 　　　　　　　 　な公衆衛生上の緊急事態（PHEIC：Public Health Emergency of International
  　　　　 　　　　　　　 　Concern）を報告。
  　　　　 　 このPHEICであるかを考慮するポイントが4項目あります。
  　　　　 　　　　　　　 ①重大な健康被害を起こす危険性のある事象
  　　　　 　　　　　　　 ②予測不可能、または非典型的な事象
  　　　　 　　　　　　　 ③国際的に拡大する危険性のある事象
  　　　　 　　　　　　　 ④国際間交通や流通の制限が必要な事象
  　　　　 　 これらの中の2項目が該当すれば加盟国は自動的にWHOへ報告する必要があります。
  
  　　　　 [３]リスクアセスメント
  　　　　 　 リスクアセスメントの1案として「公衆衛生上の重要性（Impact）」と「地域で流行す
  　　　　 　 る可能性（Probability）」を指標として図2の様に感染状況を評価する方法があります。
  
  　　　　 　 　
  
  　　　　 　 この「公衆衛生上の重要性」を縦軸に、「地域で流行する可能性」を横軸にしたリスク
  　　　　 　 マトリックスによって、公衆衛生上の深刻度の地域間の比較や時間経過による変化な
  　　　　 　 どに活用できることを紹介されました。
  

• 【Ⅳ】疫学による危機管理

  　　　　 疫学は疾病を個人ではなく「集団」を対象とする学問で、「健康」と「疾病」に影響を与え
  　　　　 る因子を研究するものです。先生は、この疫学による研究テーマとして[医療関連感染]、
  　　　　 「輸入感染症」、「新興・再興感染症」、「災害と感染」、「食の安全・安心」の５つの感染症
  　　　　 クライシス分野を取り上げておられます。
  　　　　 今回のような新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生した時の疫学解析の目的は
  　　　　 　 ・どのようにしてウイルスが持ち込まれたか？
  　　　　 　 ・どのようにして広がったか？
  　　　　 を解明し、再発防止のための新しい知見を得ることにあります。
  　　　　 その調査の進め方は次の通りです。
  
  　　　　 　 　
  
  　　　　 そして実際にある会社で発生した新型コロナウイルス感染症のクラスター事例を上記
  　　　　 フローに沿って詳細に説明され、さらに院内感染事例、教員室でのクラスター事例、
  　　　　 在宅介護関連事例等を紹介されました。

• 【Ⅴ】新型コロナウイルス感染症対策分野の新たな試み

  　　　　 [１]診断技術
  　　　　 　 従来の感染症診断は患者の症状、潜伏期、疫学情報と血清反応、病原体検査から病原
  　　　　 　 体の絞り込みを行ってきましたが、新興感染症の場合は未知の病原体ですので、既知
  　　　　 　 の病原体を除外して最終判断がされます。そこでこの未知の病原体を直接検出する方
  　　　　 　 法として「次世代シーケンサー」という技術が開発されています。
  　　　　 　 一方、PCR検査を感染現場で可及的速やかにかつ長期間出来るようにするため、先生
  　　　　 　 は国や大学、企業と共同プロジェクトに参画されて水素燃料電池を用いた大型車両を
  　　　　 　 開発され、多人数の検体採取と検査を出来る様にされました。
  　　　　 　 これにより患者受付から結果報告まで最短40分、と大幅短縮され、大規模災害が発生
  　　　　 　 した現場での大量検査が可能になります。
  
  　　　　 [２]ワクチンの開発
  　　　　 　 WHOはエボラ出血熱の感染が世界的に拡大したことを契機に、2015年12月、国際
  　　　　 　 公衆衛生上の緊急事態を引き起こす可能性を有する新興感染症の治療薬やワクチンの
  　　　　 　 重要性を認識し、開発が進むようになりました。
  　　　　 　 新型コロナウイルス感染症については2020年1月に中国で感染例が発表され、1ヶ
  　　　　 　 月後にワクチン開発の優先順位が1番に格上げされました。中国で最初に従来型のワ
  　　　　 　 クチンが開発され、その後、短期間で新型のmRNAワクチン、DNAワクチン、ウイ
  　　　　 　 ルスベクターワクチンが開発され、現在に至っています。
  　　　　 　 そのワクチンの開発・導入に必要な課題として、
  　　　　 　　　　　①基礎研究、応用研究、大規模臨床試験、生産体制の整備（研究機関、人材、
  　　　　 　　　　　　　 　　　　 　　　　　　　 　　　　 　　　　　　　 　産官学連携、等）
  　　　　 　　　　　②ワクチンの確保（海外からの輸入や外国製品の国内生産、国産化、等）
  　　　　 　　　　　③国内での使用（国内治験、薬事承認）
  　　　　 　 を挙げられました。
  
  　　　　 [３]次世代の感染予防策
  　　　　 　 ウイルスは感染者の唾液、喀痰、呼気（マイクロエアロゾル）に含まれるので、感染者
  　　　　 　 はできるだけウイルスを出さないようにする（感染減対策）、一方健常者は体内に取り
  　　　　 　 込まないようにする（標準予防策）ことが肝要です。患者と直に接する医療従事者は
  　　　　 　 細心かつ万全の予防策を取られていますが、健常者は標準予防策として、感染者は感
  　　　　 　 染減対策としてマスク着用や手指消毒等を実践します。
  　　　　 　 これら従来の基本的な対策とは別に今後の新しい予防策の開発例を紹介されました。
  　　　　 　　　　　①光触媒・酸化チタンを用いた空気清浄機の開発
  　　　　 　　　　　　室内に拡散したマイクロエアロゾルを吸着、分解してウイルスを減少させる技術
  　　　　 　　　　　②安心・安全な空間噴霧剤の開発
  　　　　 　　　　　　次亜塩素酸水、抗ウイルス剤（酸化チタン・プラチナ・銀の組み合わせ）を噴霧
  　　　　 　　　　　　してウイルスを減少させる技術
  　　　　 　　　　　③新規消毒薬の開発
  　　　　 　　　　　　水性ラジカル生成技術を利用したMA-T（Matching Transformation System）。
  　　　　 　　　　　　その応用例として、口内清浄液（マウスウォッシュ）がクラシックの演奏会で効
  　　　　 　　　　　　果が確認されています。
  

• 【Ⅵ】リスクの見える化

  　　　　 [１]それでも教育が一番
  　　　　 　 ただ何といっても教育は「知のワクチン」と言われ、非常に重要です。先生は手指衛
  　　　　 　 生教育のため、手形スタンプ検査やATPふき取り検査の重要性を指摘されます。
  　　　　 　 実際に検査し、その結果を数値や画像で表示して汚染状況を「見える化」することに
  　　　　 　 より、普段の生活の場や職場のどこにどの程度汚染リスクが隠れているかを認識し、
  　　　　 　 個人や組織の衛生意識の高揚を目指しておられます。
  
  　　　　 [２]事例検証
  　　　　 　 その具体例として、ATPふき取り検査を用いて新型コロナウイルス感染症のクラスタ
  　　　　 　 ーが発生したある病院における院内環境調査を実施された結果を紹介されました。
  　　　　 　 トイレ周りはもとよりパソコンのキーボードや医師の椅子、ナースステーションのカ
  　　　　 　 ウンター等のごく身近な場所で予想外の数値が確認されたそうです。
  

• 【Ⅶ】欠かせない新型コロナウイルス対策

  　　　　 感染が確認されて以来、この3年間で得られた多くの知見をもとに次のような対策を
  　　　　 説明されました。
  　　　　 　 ①感染源の撲滅
  　　　　 　　 地域での流行状態を把握し、早期発見と封じ込めを推進します。またマスクの着
  　　　　 　　 用、手指衛生の実践、換気の励行、適切な消毒と環境対策を心がけます。
  　　　　 　 ②感染経路の遮断
  　　　　 　　 外出するときは3密の回避、マスク着用、手指衛生の実践、会食時の口腔洗浄に
  　　　　 　　 留意し、帰宅後は手洗いや入浴を励行します。
  　　　　 　 ③感受性者対策
  　　　　 　　 まず十分な休息と栄養補給を取り、ワクチンによる免疫付与や新しい治療薬の投
  　　　　 　　 与が望まれます。
  
  今回は新型コロナウイルス感染症を中心に非常に時期を得たテーマでご講演いただきました。
  加來先生はご専門の疫学のお立場から新型コロナウイルス感染症を含む新興感染症についての定義や歴史的経緯に加え、
  WHOという世界組織の危機管理についての考え方や活動状況、対策についてもご説明されました。
  さらに現実に調査された多岐にわたる専門的な詳細データもとても丁寧に、かつわかりやすく語りかけるように話されました。
  新型コロナウイルス感染症についての理解が一段と深まり、今後の方向性を明確に示された説得力のある非常に有意義なご講演でした。
  
  引用文献
  
  加來浩器先生：日本食品洗浄剤衛生協会の年末講演会資料（2022年12月13日）