[1]体験・経験に動かされる人の心理と、その解釈の落とし穴人をクリティカルシンキングから引き離すもの、それは体験です。体験とは現実に起こったこと、あるいは経験したことなので、その積み重ねが人の現在を形成しており、体験から学習するがゆえに体験のもたらす力は予想以上に大きいのです。
ある二つの出来事が連動して起きたときの関係性について考えてみます。
人はその関係性に自分なりの法則性を形成します。
二つの出来事が連動した場合、本来は起きたということだけでは両者の関係を結びつけることは出来ません。関係性について正しい判断や解釈をしようとする場合、表―1のすべてのデータに気を配る必要があります。これがクリティカルシンキングです。
しかし、人は特定のデータにだけひどく注意を惹かれ、過大視し、印象に残し、他は無視します。
表―1 関係性(随伴性)の認知と四分割表
典型的な例として、日本だけでなく世界中に、また歴史的に時代を遡ってみても共通して存在する一つの迷信を挙げられました。
・『雨乞いをすると雨が降る』
この『雨乞いをする』と『雨が降る』の関係性を表-1に当てはめてみます。
表―2 『雨乞いをすると雨が降る』の四分割表
人の判断の結果は次のようになります
A:記憶に残り、過大解釈される
B:ただの日常の天気のように忘れ去られる
C:雨が降るまで雨乞いをするからAに吸収される
D:誰も気がつきもしない
つまり『雨乞いをすると雨が降る』という誤った判断になります。何故でしょうか?
現実に雨乞いをすると雨が降ったという『体験の力』が人の判断に及ぼす影響力は極めて大きいからだそうです。
たくさんのデータの中から特定の偏ったデータだけを選択してしまうのは人間の自然な心理であり、考え方のクセです。しかしこのクセがビジネスの現場や様々な人間関係の中で間違った判断や歪んだ意思決定をしてしまう場合が多いのです。しかも心理的注意を惹くだけでなく、社会的に様々な情報が飛び火して先程のようにAのみが重視されることになります。
人は「体験そのもの」のインパクトが極めて強く、「体験していないこと」や否定的事例に注意が向かないため、物事の関連性を誤って認識します。
『雨乞いをすると雨が降る』のように、二つの出来事の間に本来関係がない、もしくは殆ど関係がないにも拘わらず、Aに注意を向けてしまうがために関係があるものだと思い込む錯覚を生じさせる現象を錯誤相関(幻相関)(illusory correlation)というのだそうです。
霊感商法や悪徳商法で共通して必ずある要素は「体験談」で、特に著名人が体験している場合は効果が抜群です。
・何かを買って幸せになった人がいる ⇒ (錯誤相関) ⇒ 何かを買えば幸せになれる
・何かをしたら良い事が起こった⇒ (錯誤相関) ⇒ 何かをすれば良い事が起こる
しかし「体験談」が本当の話だとしても、これだけでは両者の関係を何ら保証していないことに気付いていません。
人種差別や人種偏見も実際の証拠や体験をもとに偏った解釈が形成されていきます。
一般的に目立つ行為は否定的な行為で目立つ行為同士が錯誤相関を引き起こすことによって目立った例が全体の環境をひきずることになります。
[2]現実の体験という証拠に支えられて、特定の考え方が強固になっていく仕組みさらに人は、自分が現在持っている信念、理論、仮説を支持し、確証するための情報をより多く求めます。一方、反証となる証拠の収集を避ける傾向にあります。これを確証バイアス(confirmation bias)というのだそうです。
図ー1 予期の確証:ポジティブフィードバック
図―1をご覧ください。確証バイアスのループフローです。『雨乞い』の例では人は、雨乞いをしたら本当に雨が降ったということだけを認識し、しかもそのことだけが印象に残り、雨が降らなかった場合などは普段の日常的なことで記憶には残りません。そして表―1のAを確証するための情報だけをさらに収集し、それ以外の情報は無視します。まさに体験の持つrealityの強さです。
血液型による性格や行動パターンの特徴付けなども同様で、ある血液型に特徴を見つけた場合、そのことにのみ注視して正当付ける事実だけを集めようとします。そして一度間違えた考え方に陥るとどんどん深まってしまいます。
[3]クリティカルシンキング(批判的思考)の3要素
クリティカルシンキング(批判的思考)のクリティカルとは、人を非難・否定するという意味での「批判」ではなく、論理的かつ多面的に物事を考え、偏りのない意思決定が出来て実際の問題解決に役立つようにするための思考で次の3要素から成り立ちます。
①論理的・合理的で規準に従う思考。
②より良い思考を行うために目標や文脈に応じて実行される目標志向型思考。
③自分の推論プロセスを意識的に吟味する内省的・熟考的思考。
[4]クリティカルシンキングの勧め
二つの出来事が連動して起きた場合、両者の関連性を保証するためには表―1の4つ(A,B,C,D)すべてのデータを公平に見ることが必要です。人の判断は自分が思っているほど確かではなく、なおかつ自動的に自分が自分を騙すように情報を歪めてしまう認知(のクセ)が働いています。したがって人は騙されるのが自然です。
その騙されるポイントは理屈ではなく体験です。その体験から何を学び取るのか、そこに注意を向ければクリティカルに物事を考えるうえで一歩進むことが出来ます。人は素朴な科学者と言われています。現象を確かめるために観察や体験に基づいて論理的に考える性質を誰でも持っています。
しかし素朴で体系的にデータを比較したりしない確証バイアスによって、予期した所や目立つ所、自分にとって都合の良いところに注意を向けてしまう傾向があります。人に言われたから、あるいは一方的な噂話で思い込んでしまうことも多々あります。その結果、間違った考え方が多くの人に起こってしまい、そこから抜け出せなくなってしまうことになります。
それではどうすればいいのでしょうか?
自分の認知がどう働いているのかを「自覚的」に捉え、適切に制御していくことを認知している自分自身を認知することを『メタ認知(metacognition)』といいます。
このメタ認知を働かせることでクリティカルシンキングの実現が促進されます。すなわち、特徴的な所だけ見て判断するということを自覚することによって、無自覚なうちに陥っていくような誤った考え方に足をすくわれずに済みます。
人が特徴的な所(表―1のA)だけを見て素早く判断しそれに基づいて行動することは、人が進化の中で身に付けてきた知恵で、人にとって自然なことです。しかし、重要な判断や意思決定をするとき、この自然に任せるAだけでなく、B、C、Dがどうなっているのかに意識的、強制的に注意を向ける、すなわち、思い込みに陥らずに多面的思考を実践する習慣をつけることが大切と説明されました。
今回のご講演を拝聴させていただき、自らの普段の日常生活における間違った判断に関して思い当たる事が非常に多いことを痛感いたしました。またインターネットの普及浸透により次から次へと溢れ出てくる情報の中から本当に自分にとって必要な情報を選択する方法としてクリティカルシンキングが極めて有用であることを認識させていただいた非常に貴重なご講演で、終了後、聴講者からも同じ感想が数多く寄せられました。
引用文献
【菊池先生ご講演資料】(2018年12月12日 年末講演会で配布)
【エドワード・エイデルソン】チェッカーシャドー錯視
http://persci.mit.edu/gallery/checkershadow
参考文献
【菊池聡先生ご著書】
・『超常現象をなぜ信じるのか』 (1998年) 講談社
・『自分だましの心理学』 (2008年) 祥伝社
・『なぜ疑似科学を信じるのか』~思い込みが生み出すニセの科学』 (2012年) 化学同人
【菊池聡先生ご翻訳書】
・E.B.ゼックミスタ&J.E.ジョンソン(著)
・『クリティカルシンキング 入門編』 (1996年) 北大路書房
・『クリティカルシンキング 実践編』 (1997年) 北大路書房
以 上