【 LECTURE SUMMARY 】
講演会要旨

2020/04/27

2019年12月13日開催

「海洋プラスチック汚染問題の実態と解決へ向けた技術展望」
～ 海洋で分解するプラスチックの開発 ～

2019年12月13日、群馬大学大学院　理工学府　分子科学部門　教授　粕谷　健一　先生をお招きし、「海洋プラスチック汚染問題の実態と解決へ向けた技術展望」　～ 海洋で分解するプラスチックの開発 ～　という演題で年末講演会が開催されました。

2019年12月13日、群馬大学大学院　理工学府　分子化学部門　教授　粕谷　健一　先生をお招きし、「海洋プラスチック汚染問題の実態と解決へ向けた技術展望」　～ 海洋で分解するプラスチックの開発 ～　という演題で年末講演会が開催されました。

演題

「海洋プラスチック汚染問題の実態と解決へ向けた技術展望」
～ 海洋で分解するプラスチックの開発 ～

講演内容

【Ⅰ】プラスチック廃棄物と環境問題
【Ⅱ】生分解性プラスチック
　　　[１]SDGｓを実現するための取り組み
　　　[２]バイオプラスチック
　　　[３]生分解性プラスチック　　
【Ⅲ】海洋での生分解性プラスチックの評価と規格、認証
　　　[１]生分解性評価法
　　　[２] 規格および認証
【Ⅳ】海洋生分解性プラスチックの分子設計に必要な構成要素
　　　[１]海洋環境
　　　[２]TBP（Timing biodegradable plastics、
　　　　　時限生分解性プラスチック）
　　　[３]分解酵素と微生物の存在
　　　[４]生分解性プラスチックの構造
【Ⅴ】海洋生分解性プラスチックの分子設計
　　　[１]生分解性プラスチックの基盤材料の創製と評価
　　　[２]海洋環境を利用した結合基の導入
　　　[３]TBP実現のための仕組み

• 【Ⅰ】プラスチック廃棄物と環境問題　

  　　　　 日本でのプラスチック生産量は約1,400万ｔ/年だそうです。このうち70％が適正処理すなわちリサイクルされており、
  　　　　 29％が最終処分、残りのうちの0.1～0.2％すなわち1～2万ｔ/年が環境に流出しているとの報告があります。１）
  　　　　 一方、全世界では海洋環境でみられる汚染物の約７０％がプラスチックであり、実に1,000万トン/年と膨大な量が
  　　　　 海洋に流入しているとのことです。２）　しかもその発生源はほぼ世界全体に跨っています。この海洋プラスチックが
  　　　　 引き起こす主な環境問題として、景観の毀損、逸失漁網に代表される経済的打撃、海洋生物への被害、等が挙げられます。
  　　　　 海亀の鼻にストローが刺さった映像は人々に大変な衝撃を与えました。３）
  　　　　 中でも深刻なのはマイクロプラスチックで、小さな海洋生物が誤って食べてしまい、しかもこれが分解されずに蓄積し、
  　　　　 食物連鎖により最終的には人間にまで被害を及ぼします。
  　　　　 それではこのマイクロプラスチックは一体どこから来るのでしょうか？発生源はタイヤ、洗濯物、塗料、化粧品、繊維、
  　　　　 プラスチックペレット、等が有力といわれています。ちなみにマクロプラスチックは漁具が圧倒的に多く、下水汚物が続いています。4）
  

• 【Ⅱ】生分解性プラスチック

  　　　　 [１]SDGｓ（Sustainable Development Goals（持続可能な開発目標））を実現するための取り組み
  　　　　 　 EUと日本の取り組みを紹介されました。
  　　　　 　　　　　（１）EU
  　　　　 　　　　　　　 ①欧州会議が使い捨てプラスチック製品の流通を禁止する法案を可決（2018年）。
  　　　　　　　　　　 　　 EU加盟国への国内法制化を急ぐ（2018年）。
  　　　　　　　　　　 　 ②Oxo-degradable＊ plastiicsの使用禁止。
  　　　　　　　　　　 　　 (＊酸化分解により低分子化する）
  　　　　　　　　　　 　 ③生分解性プラスチックの取り扱いは検討中だが、明確な規定の下での使用を推奨。
  　　　　　　　　　　 　 ④有機リサイクル＊＊の有効性を再提案（2018年）。
  　　　　　　　　　 　　　（＊＊有機性廃棄物を処理して再資源化する）
  　　　　　　　　　 　　 ⑤海洋での分解は生分解性プラスチックの最終到達点としての重要性を認識
  　　　　　　　　　 　　　（海洋生分解性）。
  
  　　　　　　　　 　（２）日本
  　　　　　　　　　　 　 ①海洋プラスチックごみ対策アクションプランの策定
  　　　　　　　　　　 　　 海洋プラスチックごみによる環境汚染は世界全体で連携して取り組むべき喫緊の課
  　　　　　　　　　　 　　 題とし、G20の議長国として各国に対し、効果的な対策を促進するよう提案（2019年）。
  　　　　　　　　　 　　 ②海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップを経済産業省が策定（2019年）
  　　　　　　　　　　 　　 2050年に向けて３つのPHASE（段階）、すなわち実用的技術の社会実装、複合素材
  　　　　　　　　　　 　　 の技術開発による多用途化、革新的素材の研究開発（海洋生分解性プラスチック、
  　　　　　　　　　　 　　 他）を年代別に体系化。
  
  　　　　 [２]バイオプラスチック
  　　　　　 バイオプラスチックとは次の２つの総称です。
  　　　　　　　　 　　　 ①バイオマスプラスチック ： 原料は植物でCO2を固定するため環境に優しく、
  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　現行のプラスチックに置き替え可能。
  　　　　　　　　　 　　 ②生分解性プラスチック ： 原料の由来は問わず微生物により有機物が完全に
  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　無機物に変換される。バイオマスプラスチックとは性質が異なる。
  
  　　　　 [３]生分解性プラスチック
  　　　　　　　　 　（１）生分解性の区分
  　　　　　　　　　 　　 生分解性は環境分解性（様々な環境下で分解）、Compostable（管理された環境下で分
  　　　　　　　　　 　　 解）、生体内分解性（生体組織内で分解）と区分されますが、実際に生分解性とは環境分
  　　　　　　　　 　　　 解性のことです。また、環境分解性はCompostableと明確に異なります。
  　　　
  　　　　　　　　 　（２）種類
  　　　　　　　　　 　　 市販の生分解性プラスチックを表―１のように紹介されました。　
  
  　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　 　　　　　　　 表―１　市販の生分解性プラスチック　
  　　　　　　　 　　　
  
  　　　　　　　　　 （３）生分解性のStep
  　　　　　　　　　　 　 次に、生分解されるStepについて説明されました。
  
  　　　　　　　　　　 　　　Step１　　　プラスチックが酸化分解、加水分解、酵素分解等により、微生物が取り込み
  　　　　　　　　　　　 　　　　　　　 　可能な大きさの物質に分解する
  
  　　　　　　　 　　　　　
  　
  　　　　　　　　　　 　　　Step２　　　微生物が取り込んで無機化（CO2＋H2O）する
  
  　　　　　　　　　 　　したがって「生分解性」と認定されるには酵素により十分に低分子化され、かつ微生物が
  　　　　　　　　　 　　十分に取り込める構造になっていることを満足しなければなりません。
  　　　　　　　　　 　　Oxo-degradable plastiicsが問題になったのは酸化分解により微粒子化されたものが微生
  　　　　　　　　　 　　物に取り込まれず結果的にマイクロプラスチックを大量生産することになってしまったからです。
  

• 【Ⅲ】海洋での生分解性プラスチックの評価と規格、認証

  　　　　 [１]生分解性評価法
  　　　　　　 生分解性を評価する方法は対象となる海洋の場所に応じて各種提案がなされています。
  　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 表―２　生分解性評価法5)
  　　 　
  　　　　 [２] 規格および認証
  　　　　　　 現時点でプラスチックの海洋分解性に関する認証（識別表示）はTUV AUSTRIA＊＊＊）
  　　 　　　　 によるOK Biodegradable Marine＊＊＊＊）　のみです。また適用される規格は次の通りです。
  　　 　　　　　　 　・ASTM D6691（生分解性、at 30℃、X%以上10-90日）
  　　 　　　　　　 　・OECD201,202,203 （生態毒性）
  　　 　　　　　　 　・EN 13432+Co（重金属規定）
  　　 　　　　　　　　 　　（＊＊＊ オーストリアの認証機関）
  　　 　　　　　　　　　 　（＊＊＊＊海水中で生分解が可能であり、そのコンポスト（分解生成物）が環境
  　　 　　　　　　　　　　　　　　 　に安全（海洋生物の生育に安全）であることを認証するための名称）
  　　　　　　　　　　　　　
  　　 　　　　 このOK Biodegradable Marineは大変ハードルが高く、これに適合するのは極めて難しい
  　　　　　 　 そうです。
  　　　　　　 一方、日本では日本バイオプラスチック協会が認証するグリーンプラ認証制度があります
  　　　　　　 が海洋環境用ではないので、これに適合しても海洋での生分解が認証されたことにはなり
  　　　　　　 ません。また、生分解性プラスチックの識別表示は細かく分類しないと海洋で分解しない
  　　　　　　 ポリ乳酸の例のように誤解を生じる原因にもなり得ます。
  

• 【Ⅳ】海洋生分解性プラスチックの分子設計に必要な構成要素

  　　　　 [１]海洋環境
  　　　　　 　プラスチックが分解する環境は土壌、淡水、海水とあり、各々の環境下で分解性が異なりま
  　　　　　 　す。ただ、土壌と淡水では少し似ている点もありますが、海水中では非常に分解しにくく、分
  　　　　　 　子構造だけで説明できないたくさんの要素が存在します。すなわち、
  　　　　　　 　①海洋環境は生分解性プラスチックにとって特殊な環境である。
  　　　　　　 　②常温、あるいは低温、海底質中、等の限られた条件で分解する必要がある。
  　　　　　　 　③海洋では微生物数が極端に少ない。また海洋で分解できる微生物もまだ確認されて
  　　　　　　 　いない。
  
  　　　　 [２]TBP（Timing biodegradable plastics、時限生分解性プラスチック）
  　　　　　 　現在入手可能な生分解性プラスチックの中でも海洋環境で分解するものはありません。
  　　　　　 　前述のような海洋環境下で生分解するプラスチックを分子設計するには次の相反する条件
  　　　　　 　を同時に満たす必要があります。
  　　　　　 　　①プラスチックの使用時　⇒　現行のプラスチック並みの性能（強度、成形性、等）、かつ
  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　非分解
  　　　　　　 　②プラスチックの遺棄後　⇒　海洋での迅速な生分解
  　　　　　　　 　この条件を満たすプラスチックがTBP（Timing biodegradable plastics）と定義されます。
  
  　　　　 [３]分解酵素と微生物の存在
  　　　　 　　エステル結合、O－グルコシド（糖）結合、アミド結合、ペプチド結合、等のような官能基（分子間結合基）に関しては、
  　　　　　 　これらを分解する酵素が世の中に存在することが分かっています。したがって分子設計の際、分解する酵素があること、
  　　　　　 　すなわち酵素が分解できるような結合基を組み込むことが肝要です。ただし、たとえ酵素が存在しても微生物がその
  　　　　　 　分解物を取り込むかが分からないので生分解性を満足する十分条件ではありません。
  　　　　　 　すなわちその分解物を微生物が十分に取り込むことが大前提となります。
  
  　　　　 [４]生分解性プラスチックの構造
  　　　　　　 （１）結晶質と非晶質
  　　　　　　　　 　分子の結晶質と非晶質の分解を比較すると、非晶質にするほど酵素による分解は速くなり
  　　　　　　　　 　ますが非晶質だけでは分解しません。理由は非晶質だけだと酵素がプラスチックの表面に付着しないからだそうです。
  　　　　　　 　　　一方、結晶質には酵素が付着することから、結晶質と非晶質のバランスが重要です。
  
  　　　　　 　（２）材料設計の最小条件（一次構造）
  　　　　　　　　 　一次構造上の特徴として切れる結合（A）と代謝可能な構造（B）が交互に繋がることが求
  　　　　　　　　 　められ、ＡＢ則と呼ばれています。
  
  　　　　　　
  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　図―１　生分解性プラスチックの一次構造上の特徴
  　　　　
  　　　　　　　　 　Ａ　：　第一分解部分（切れる結合）　　
  　　　　　　　 　　　　　　例　：　エステル結合、酸無水物結合、アミド結合、エーテル結合
  　　　　　　　　 　Ｂ　：　第二分解部分（代謝可能な構造）
  　　　　　　　　 　　　　　例　：　脂肪族、芳香族、ハイブリッド（混合系）
  
  　　　　 ただし、あくまで最小条件であって実際は一次構造にみでは決まりません。海洋生分解性
  　　　　 プラスチックを分子設計するには更なる仕組みが必要です。
  

• 【Ⅴ】海洋生分解性プラスチックの分子設計

  　　　　 [１]生分解性プラスチックの基盤材料の創製と評価
  　　　　　　 先生はPBAD（1,4-ブタンジオールと炭素数の異なる直鎖のジカルボン酸を用いたポリエス
  　　　　　 　テル）を系統的に合成され、生分解性を評価されました。（上記AB則のAが1,4-ブタンジオ
  　　　　　 　ール、Bがジカルボン酸）。
  　　　　　 　その結果、モノマーのジカルボン酸の生分解性速度は差がないものの、高分子は構造によ
  　　　　　 　って生分解性速度が異なり、特にPBDｄ（1,4-ブタンジオールと炭素数が12のジカルボン酸
  　　　　　 　のポリエステル）は分解しませんでした。この実験データを詳細に解析された結果、PBADｓ
  　　　　　 　は生分解性を制御できる可能性のあるPBPの有力な候補であり、基盤材料として使用でき
  　　　　 　　ると結論付けされました。6)
  
  　　　　 [２]海洋環境を利用し開裂する結合基の導入
  　　　　　 　先生は環境に依存する生分解性を持った高分子を海洋特有の環境を利用して分解を開始
  　　　　　 　する工夫する分子設計に成功されました。海底のごく浅い土壌、すなわち5mm～1cm程度
  　　　　　 　潜ったところは酸化電位が低い嫌気性になっており、この環境を利用されます。この還元条
  　　　　　 　件下で分解することが分かっている-S-S-（ジスルフィド）結合を高分子の途中に組込みます。
  　　　　　 　この高分子がモデル化された海洋中（酸素が存在する状況）では分解されませんが、海底モ
  　　　　　 　デルである還元条件下では分解されること、さらに微生物が高分子状態では取り込まない
  　　　　　 　が分解物を取り込むことを実証されました。
  
  　　　　 [３]TBP実現のための仕組み
  　　　　　 　地上環境では優れた生分解性を示す一方、海洋環境では極めて低い生分解性を示すプラ
  　　　　　 　スチックを潜在的生分解性プラスチック（PBP、Potentially　biodegradable plastics）と言いま
  　　　　　 　す。このPBPの切断部位と分解を開始するきっかけとなるトリガーを組み合わせることによ
  　　　　　 　りTBPを実現する方法を説明されました。
  
  　　　　　 　A．分解開始時期を制御する
  　 　　　　 　　A1 .生物製剤増強（バイオオーギュメンテーション）
  　 　　　　　　 　 トリガーとして分解微生物を用います。
  　 　　　　　　 　 具体的には分解微生物を芽胞状態にして包み込んだ後、プラスチックに練り込
  　 　　　　　　 　 むます。そして、分解してほしいときにプラスチックに刺激を与え、休眠状態の微
  　 　　　　　　 　 生物を覚醒させて分解する仕組みで先生は既に特許を取得され、7)　NHKでも紹
  　 　　　　　 　　 介されました。8)
  　 　　　　 　　A2. 生物刺激応答（バイオスティムレーション）
  　 　　　　　 　　 トリガーとして栄養源（窒素、リン、等）や有機物（基質、等）を用います。
  　 　　　　　 　A3. 非生物学的環境刺激応答
  　 　　　　　　 　 環境に分解性が依存する生分解性プラスチックを利用することで、分子設計上の
  　 　　　　　　 　 重要なキーポイントだそうです。
  　 　　　　　　 　 プラスチックによく利用される高分子、PESu(poly(ethylene succinate))は海洋では
  　 　　　　　　　 分解しません。ところがPESuが分解される酵素で同様に分解されるものの環境分
  　 　　　　　　　 解性が異なるP(3HB)(poly(3-hydroxybutyrate))をPESuに混合することにより海洋
  　 　　　　　　　 で分解すること、9)　さらにPCL(poly(ε-caprolactone))をPESuに混合しても同様に
  　 　　　　　　 　 分解すること、10)　すなわちP(3HB)やPCLがトリガーになることを実証されました。
  
  　 　　　　 　Ｂ．分解速度を制御する
  　 　　　　 　　B1 .環境微生物叢（バイオフィルム）の制御
  　 　　　　　 　　 微生物自身が作り出すバイオフィルムを制御して分解速度を制御する方法です。
  
  　　　　 このような分子設計により合成された海洋分解性プラスチックの実用化に向けた大きな
  　　　　 Stepとして、先生は早期に解決策が求められている我々の生活に身近なレジ袋を業界
  　　　　 シェアNo.1のメーカーと共同開発され、その実現がごく近いことがテレビ東京で紹介され
  　　　　 ました。11)
  
  　　　　 今回のご講演を拝聴させていただき、マイクロプラスチックをはじめとする海洋プラスチック汚染問題を解決するための
  　　　　 海洋生分解性プラスチックの開発に際しては課題が非常に多く、また乗り越えるべき壁も高く、技術開発が極めて難しいことが
  　　　　 よく分かりました。特に土壌や淡水での生分解性に比べて海洋での生分解性を解決するのがいかに困難であるかを痛感いたしました。
  　　　　 しかし先生は果敢に挑戦され、世界初となる製品の実用化に道を開かれました。我々ひとりひとりが真剣に考えなくてはならない
  　　　　 差し迫った全地球的な環境問題の解決の大きな手掛かりが実感できた非常に有意義なご講演でした。
  
  
  　　　　　 　引用文献
  
  　　　　 １)【粕谷先生ご講演資料】（2019/12/13　年末講演会で配布）
  　　　　　 　プラスチック処理促進協会　環境省調べ、
  　　　　　 　Marine litter vital graphics,UNEP,2016.
  　　　　 2)【粕谷先生ご講演資料】（2019/12/13　年末講演会で配布）
  　　　　 3) M.Suzuki DR. thesis, Gunma.Univ, (2018).
  　　　　 4) Marine plastic debris & microplastics, UNEP, (2016).
  　　　　 5) ISO TC61 SC14 WG2 国岡博士より.　　
  　　　　 6) Polym Degrad Stabil 138,18-26, (2017).
  　　　　 7) 特許登録番号6310843
  　　　　 8) NHK “クローズアップ現代（2015/10/29）”
  　　　　 　 “World Radio Japan Focus Tecnology & Business(2015/11/27)”
  　　　　 9) J. Polym. Res, 217,(2017).
  　　　　 10) Polym .Degrad Stabil 149, 1-8,(2018)
  　　　　 11) テレビ東京　“ガイアの夜明け（2019/11/26）”