【 LECTURE SUMMARY 】
講演会要旨

2019/06/24

2019年5月13日開催

食洗協総会後講演会『「食の安全・安心」はリスクの大小を比較することから
～企業にとってのリスクコミュニケーションのポイント～』
で好評を博す

2019年5月13日、特定非営利活動法人（以下、NPO法人と略記）「食の安全と安心を科学する会（ＳＦＳＳ）」の
理事長　山崎　毅先生をお招きし、『「食の安全・安心」はリスクの大小を比較することから～企業にとっての
リスクコミュニケーションのポイント～』という演題で総会後講演会が開催されました。

2019年5月13日、特定非営利活動法人（以下、NPO法人と略記）「食の安全と安心を科学する会（ＳＦＳＳ）」の
理事長　山崎　毅先生をお招きし、『「食の安全・安心」はリスクの大小を比較することから～企業にとっての
リスクコミュニケーションのポイント～』という演題で総会後講演会が開催されました。

演題

『「食の安全・安心」はリスクの大小を比較することから
～企業にとってのリスクコミュニケーションのポイント～』

講演内容

[講演内容]
【１】「安全」と「安心」について
【２】食のリスクコミュニケーションの基本
【３】リスク認知バイアスの特徴
　　[１]二者択一とリスクのトレードオフ
　　[２]リスク・イメージの因子分析
　　[３]リスクコミュニケーションのパラドックス
　　[４]確証バイアス
　　[５]リスク情報の送り手が信頼できるか？
【４】リスクコミュニケーションの実践
　　[１]ファクト・チェック
　　[２]スマートリスクコミュニケーション
【５】企業のリスクコミュニケーション
　　[１]顧客と繋がる日常活動の推進
　　[２]社会的問題が発生した場合の対応

• 【１】「安全」と「安心」について

  　　　　 先生はまず「安全」と「安心」について次のように説明されました。
  　　　　１）　「安全」1), 2)
  　　　　 　　①人への危害または損傷の危険性が許容可能な水準に抑えられている状態。
  　　　　 　　②受け入れ不可能なリスクが存在しないこと。
  　　　　 　　③受け入れることのできないリスクからの開放（ＩＳＯ／ＩＥＣガイド５１）。
  　　　　 　　　許容可能なリスク（Tolerable Risk）であれば「安全」と言える。
  　　　　 　　　「安全」＝ゼロリスクではない。
  　　　　２）　「安心」1), 2)
  　　　　 　　①主観的なものであり、判断する主体の価値観に依存する。
  　　　　 　　②人により、状況により、国により、文化により異なる。
  　　　　 　　③“信頼する”、“信じる”という人間の心と強く関係している。
  　　　　 　　④反対概念は、心配ないしは不安。
  

• 【２】食のリスクコミュニケーションの基本

  　　　　 「食の健康リスク」の大小を比較するため、次の10項目のうちの
  　　　　 どれが一番リスクが大きいかを質問されました。
  　　　　 　　①微生物汚染、②化学物質汚染、③異物混入、④放射能汚染、⑤食品添加物、
  　　　　 　　⑥残留農薬、⑦遺伝子組換え作物、⑧誤表示、⑨食品テロ（意図的犯罪）、
  　　　　 　　⑩食品成分そのもの
  　　　　 一般の人の回答では⑤が多いそうですが、先生は⑩を第1位に挙げ理由を
  　　　　 説明されました。　健康リスクを考えるとき、そのリスクによって年間に
  　　　　 どのくらいの人が死亡したかが指標となります。
  　　　　 　　①はある程度死亡リスクはある。
  　　　　 　　②～⑨はあまり死亡の報告例がない。
  　　　　 　　⑩は例えば食品そのものの栄養の偏りによる生活習慣病で大量に死亡例がある。
  　　　　 「食の健康リスク」の大小を比較するとき、科学的根拠が非常に重要です。
  　　　　 一般的に食品は「安全なもの」、「ゼロリスク」と思われていますが、
  　　　　 実際はその逆で食品成分そのものにリスクが大きいものが多く、これに
  　　　　 比べると⑤をはじめ他の項目のリスクは非常に小さいことを認識しておく
  　　　　 必要があります。
  　　　　 すなわち、食のリスクコミュニケーションの基本は次の２点です。
  　　　　 　　①食品中のハザードのリスク評価が綿密にできているか？
  　　　　 　　（リスク評価ができていなければ安全性の議論は出来ません）
  　　　　 　　②その健康リスクがその人にとって許容範囲か（安全か）どうか？
  　　　　 リスクコミュニケーションをするときはこの２点について科学的根拠をいかに
  　　　　 分かりやすく伝えることができるかが重要だそうです。

• 【３】リスク認知バイアスの特徴

  　　　　 前述の①～⑨の項目に関する一般の人のリスク認知にはバイアス（リスク誤認）が
  　　　　 かかっていて勘違いする場合が非常に多く、さらにメディアやSNSがそのバイアスを
  　　　　 助長しており、不安や恐怖心を必要以上に煽っているのが現状です。
  　　　　 つまり、現代人はリスク情報に対して必要以上に敏感になっており、先生はこのことを
  　　　　 「食品情報過敏症」1) と名付けておられます。相反することや比較することを科学で
  　　　　 議論するときは価値観の議論とは異なり、どちらかが正しい、すなわち正解が必ずあります。
  
  　　　　 [１]二者択一とリスクのトレードオフ　　
  　　　　 　　例えば発がんリスクについて考えますと、私たちは図―１のようにさまざまな大小の
  　　　　 　　発がんリスクの山の中にいますが、科学的な根拠に基づかないで独りよがりのイメージで
  　　　　 　　リスクの大小を思い込んでいないでしょうか？
  
  　　　　 　　　　　　 　　　　　　 　　　　　　　　図―１　発がんリスクに関する大小の山々1),
  　　　　　　
  　　　　 　　一般的に人は「安全」かそうでないかのように、何らかの態度を決めるときには
  　　　　 　　二者択一になりがちです。1), 2) しかも例えば食品の天然成分と化学合成された
  　　　　 　　食品添加物のどちらが「安全」でどちらが「危険」かの議論のように対象を二つ
  　　　　 　　並べたとき、一方が安全そうに見えると、他方は危険そうに見えるのだそうです。
  　　　　 　　つまり、「安全」か「危険」かのリスク認知バイアスが発生します。　
  　　　　 　　また、二者択一により、比較的小さなリスクを回避することで、さらに大きな実害に
  　　　　 　　遭ってしまうようなケースをリスクのトレードオフ1) といいます。
  　　　　 　　食品添加物の健康リスクを恐れて添加物不使用の野菜を食べてＯ１５７で死亡したケース、
  　　　　 　　飛行機事故の死亡リスクを恐れて、自動車長距離運転の末に交通事故で死亡するケース、
  　　　　 　　等がこれに該当します。
  
  　　　　 [２]リスク・イメージの因子分析
  　　　　 　　Ｓｌｏｖｉｃ氏が不安を助長する次の３因子を提唱されました。1), 4)
  　　　　　　　　　　　因子Ⅰ　：　恐ろしさ因子
  　　　　　　　　　　　因子Ⅱ　：　未知性因子
  　　　　　　　　　　　因子Ⅲ　：　災害規模因子
  　　　　 　　福島県の放射能汚染問題はまさにこれら３因子すべてに該当し、不安を増幅させます。
  　　　　 　　中でも未知性因子に関し、放射能がゼロにならない限りは発がん性が有るとの
  　　　　 　　誤解があります。しかも専門家が分かってないと言うと余計に不安が助長され、
  　　　　 　　福島県産の食品はやっぱり危ないという人がたくさん出てくるわけです。
  　　　　 　　逆に、食品会社の中には自社製品中の有害物質を分析した結果、「不検出」
  　　　　 　　すなわち検出されないことを根拠に「安全」であることをアピールする
  　　　　 　　マーケティング手法が出てきます。これがマーケティングバイアスです。1), 5)
  　　　　 　　「不検出」とは検出限界以下ということであって、「ゼロ」ではありません。
  　　　　 　　例えば、放射性カリウムは普通の食品中にも入っている場合が結構あって、
  　　　　 　　私たちは普段それを食べるとその都度被曝しているわけです。
  　　　　 　　すなわち食品成分そのものの方がリスクが大きく、これらと福島県産の食品とを
  　　　　 　　比べたら前者の方がむしろ「リスク高」と評価できるのです
  　　　　 　　（いずれも非常に小さなリスクですが・・）。
  　　　　 　　また、遺伝子組み換え食品に不安を抱く人が多いですが、現時点で遺伝子組換えと
  　　　　 　　非遺伝子組換えを比較して安全性に問題があるという信頼できる科学的証拠はない、
  　　　　 　　というのが科学者の統一見解であることを毅然と説明し、未知性因子を刺激しない
  　　　　 　　ことが重要です。
  
  　　　　 [３]リスクコミュニケーションのパラドックス
  　　　　 　　何らかの食品の「安全性」に関して人が不安や疑念でいっぱいになった段階で、
  　　　　 　　食品会社のリスク管理責任者が「安全性」を語れば語るほど逆に疑念や不安が
  　　　　 　　増幅されます。これがリスクコミュニケーションのパラドックスです。
  　　　　 　　このようなときは何を言っても言い訳としか捉えてもらえません。
  　　　　 　　このようなときは「守りの姿勢」が大事ですので、「攻めの広報活動」は
  　　　　 　　ご法度となります。まずはお客様の不安に寄り添うことで共感を得ることが
  　　　　 　　重要であり、お客様の気持ちがこちらに向いたら、自社の品質への取り組みを
  　　　　 　　説明しましょう。
  　　　　　　
  　　　　 [４]確証バイアス
  　　　　 　　人には「危険重視の本能」があり、「安全」、「安心」よりも「危険」な
  　　　　 　　情報の方を信じます。1), 6)「食品添加物」を例にとりますと、ひとたび
  　　　　 　　「食品添加物は危険」という判断を行うと、まずそれが先入観になります。
  　　　　 　　そして自分の判断の正しさを証明する情報、すなわち自分の信じる危険情報、
  　　　　 　　不安情報ばかりを集めて、そうでない情報は拒絶するようになっていきます。
  　　　　 　　これが「確証バイアス」です。いったん「確証バイアス」に陥りますと、
  　　　　 　　先入観がさらに増長され、リスク認知バイアスが深刻な状態に陥ります。
  
  　　　　 [５]リスク情報の送り手が信頼できるか？
  　　　　 　　一般の人は科学者や専門家のような知識を持ち合わせていないので、
  　　　　 　　解説を受けても簡単には判断できません。そのため、情報そのもののみならず、
  　　　　 　　「情報の送り手は信頼できるか？」を基準に「安全」、「危険」を見極めます。1), 7)
  　　　　 　　情報の送り手が普段から公平、公正をモットーに伝えていればその情報は
  　　　　 　　信頼できると判断する訳です。

• 【４】リスクコミュニケーションの実践

  　　　　 それではどのようにリスクコミュニケーションを実践していけば良いのでしょうか？
  　　　　 先生はご自身が現在も積極的に実践しておられる２つの方法を説明されました。
  
  　　　　 [１]ファクト・チェック
  　　　　 　　インターネットやメディア等を通して膨大な情報が入手できる現代社会において、
  　　　　 　　まずやるべきことは正しい情報とそうでない情報を選別できるようにすることです。
  　　　　 　　先生が理事長をなさっておられますNPO法人「食の安全と安心を科学する会」では、
  　　　　 　　情報内容のデマ性や虚偽性を検証するための判定基準（表―１）を、NPO法人
  　　　　 　　「ファクトチェック・イニシアティブ」のガイドラインに基づいて設定され、
  　　　　 　　それに基づいて世の中の情報を評価された結果を積極的に公表、発信しておられます。
  
  
  　　　　 　　　　　　 　　　　　　 　　　　　　　　表―１　判定（レーティング）基準1), 8)
  
  　　　　 　　このような活動は食・健康・医療分野では日本で初めてだそうです。
  　　　　 　　私たちも情報選別の際には、科学的根拠に基づく事実かどうかということに
  　　　　 　　特に注意を向ける必要があると忠告されました。　
  
  　　　　 [２]スマート・リスクコミュニケーション
  　　　　 　　不安助長因子を逆手に取ったスマート・リスクコミュニケーションを提唱されました。
  　　　　 　　先生はこの手法について、食品添加物の健康リスクに過敏な消費者を対象として、
  　　　　 　　インターネット調査を実施された結果、顔も見えないにも拘わらずアンケート回答者
  　　　　 　　１００人のうち、実に７９人で「確証バイアス」の補正が認められ、その有効性を
  　　　　 　　確信されました。1), 9)
  
  　　　　 　　１）まず共感する
  　　　　 　　　「安全」か「危険」かの二者択一により「確証バイアス」に陥って、
  　　　　 　　　自分の信じた危険情報ばかりを集めリスク認知バイアスが深刻な状態に
  　　　　 　　　なっている場合、まずその人が「確証バイアス」の要因となっている信念や
  　　　　 　　　仮説にいたった原因に共感した設問を投げかける、すなわちその人の不安に
  　　　　 　　　共感することが第一です。不安に思っている人はまず自分に共感してくれる
  　　　　 　　　ことを求めるからです。
  
  　　　　 　　２）リスクを「理解」してもらう
  　　　　 　　　その上で、学術的理解を与える科学的根拠をわかりやすく丁寧に提供することで、
  　　　　 　　　「説得する」のではなく、「理解」してもらうことが重要です。
  　　　　 　　　食品に関して言えばそのリスクは多種多様であり、二者の単純比較では
  　　　　 　　　「安全性」の判断ができないことを理解してもらい、正しくリスクの大小を
  　　　　 　　　評価し直した結果、リスクが案外小さく、「危険」と感じた食品が実は
  　　　　 　　　「安全」と分かれば不安は解消されます。
  
  　　　　 　　３）リスク情報発信者の本来の目的を説明する
  　　　　 　　　不安や恐怖心を煽る情報発信者は概ね本来別の利害目的を持っています。
  　　　　 　　　そのことを暴いてその発信された情報の危険性を分かってもらうことが大切です。
  

• 【５】企業のリスクコミュニケーション

  　　　　 それでは私たち企業人はこれからどのようなスタンスでリスクコミュニケーションを
  　　　　 すれば良いのでしょうか？先生は次のような提言をされました。
  
  　　　　 [１]顧客と繋がる日常活動の推進1), 10)
  　　　　 　　CSR、ボランティア活動、等の市民との交流活動、更にはSNS等の活用による
  　　　　 　　情報発信を積極的かつ継続的に行って信頼性、好感度の向上に繋げるようにします。
  　　　　 　　SNSは炎上を恐れて参加しないより、顧客が知りたいリスク情報を誠実に開示する等、
  　　　　 　　発信の仕方によっては多くの支援者、協力者を得ることができるそうです。
  
  　　　　 [２]社会的問題が発生した場合の対応1), 11)
  　　　　 　　１）相手の不安に寄り添うことが大事で、まずはとにかくこの事態になったことを謝罪する。
  　　　　 　　２）相手の要望にはスピード感をもって対応し、当面は守りの姿勢を貫く。
  　　　　 　　　　そして守りの姿勢を続けて信頼が少しづつ回復してきたら初めて説明する。
  　　　　 　　　　その際、中立的な立場であること、かつ科学的専門知識を保有していることを
  　　　　 　　　　理解してもらえるような情報提供が大事。
  　　　　 　　３）原因究明と再発防止策をいかに迅速に実施できるかが重要で、異物混入案件の
  　　　　 　　　　ような場合には無条件情報開示による自主回収も必要。
  
  　　　　 実際に問題を起こした企業のリスク管理責任者がいち早く謝罪会見を開き、
  　　　　 その後も顧客が期待する以上の情報開示を行った事例を紹介され、企業の潔さ、
  　　　　 誠実さが不信感を好転させると力説されました。
  
  　　　　 最後に山崎先生は「安全」と「安心」について次のように説明されました。
  　　　　 　　　　『 安心＝安全Ｘ信頼 』
  　　　　 の掛け算となるので信頼がなければ安心はゼロになる、「食の安心」は
  　　　　 社会全体として創りあげていくもので、人の不安を煽る情報発信は
  　　　　 正されるべきであると強調されました。1), 2)
  　　　　 そして「安全情報」と「安心情報」を明確に切り分けて伝えることが大事です。
  　　　　 「安全情報」は非常に重要な情報なので不特定多数の人に知らせる必要があり、
  　　　　 ラベル表示においては特に留意しなければなりません。
  　　　　 一方、「安心情報」は特定の人の要望に応じて知らせる情報で、
  　　　　 その対応の仕方はいかに丁寧に説明して、気持ちよく理解してもらえるかが
  　　　　 鍵となります。従って「安全第一」、「安心は二番目」であるべきと結ばれました。1), 12)
  
  　
  今回のご講演では、これまで漫然と認識していた「安全」と「安心」について、
  両者の違いや科学的根拠に基づいた理解の必要性を具体的に分かりやすく説明していただきました。
  膨大な情報を簡単に入手できる現代社会において、正しい情報の選別方法を理解させていただき、
  併せて今後の企業活動や日常生活におけるスタンスをご教示いただいた大変貴重なご講演でした。
  
  
  
  引用文献
  1) 『山崎毅先生ご講演資料』（2019年5月13日　食洗協総会後講演会で配布）
  2) 『明治大学　向殿政男先生ご講演資料』（2012年12月18日）
  3) 中谷内一也　『リスクのモノサシ』（(2006年) NHKブックス
  4) 岡本浩一 『リスク心理学入門』　サイエンス社
  5) 山崎毅 『「食の安全と安心を科学する会」ホームページ理事長雑感』（2016年2月）
  　　　　　『「リスク認識をゆがめる“マーケティング・バイアス”』
  6) 唐木英明　『食品添加物のリスコミのあり方』
  　　　　　http://www.nposfss.com/cat7/risk_communication_of_food_additives.html
  7) 関谷直也　『「災害」の社会心理』　ワニ文庫
  8) 『「食の安全と安心を科学する会」ホームページ』　http://www.nposfss.com/
  　　　　　SFSSファクトチェック運営方針より
  9) 山崎毅、大瀧直子、冨岡伸一、広田鉄磨、山口治子
  　　　　　『日本リスク研究学会第３１回年次大会　講演論文集（Vol.31,Nov.9-11,2018）』　
  10) 広田すみれ、ほか 『心理学が描くリスクの世界』　慶応義塾大学出版会
  11) 山崎毅 『「食の安全と安心を科学する会」ホームページ理事長雑感』（2014年9月）
  　　　　　『「リスクコミュニケーションのパラドックス」にどう対処するか』　
  12) 山崎毅 『「食の安全と安心を科学する会」ホームページ理事長雑感』（2016年12月）
  　　　　　『安全第一、安心は二番目であるべき』